本と科学と尊みと

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『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を読んで、人類の限界について考えた

わたしは、人類に限界はある、と考えていて、その制限要因となるのが、人間の脳みその限界だと思っています。

でも、その限界は、だいぶ遠くにあるといいな、とも思っています。 

 

AI vs. 教科書が読めない子どもたち」は、そんな、人間の脳みその限界について、いろいろと考えさせてくれる、超おもしろい本でした。

 

今回は、この本を読んでわたしが考えたことを書いていきたいと思います。

 

 

中学生のころから考えていること

ときおり、人類の進歩はどこまで行けるのだろう、と考えることがあります。

 

ここで言う進歩は、科学技術についてのことで、たとえば、他の星に移住する、とか、不老長寿、とか、そういったたぐいのことです。

 

人類の可能性は無限だ、というのは簡単です。

でも、人類は、地球という銀河の中の小さな星で、なんとか進化してきた生き物の一種でしかありません。

生物について学んだ人間としては、ヒトのいきものとしての限界に、ヒトの頭脳の性能の限界によって、人の進歩が縛られるのが、当然だと思います。

 

 

ひとは、2つのモードで考える

少し話は変わりますが、AI vs. 教科書が読めない子どもたちを読んで改めて気づいたのは、人の脳みそでは、2つの処理方法で日々のいろいろを処理している、ということです。

 

ひとつは、パターン認識的なモード、

もうひとつは、ちゃんと考えるモード、

とわたしは呼んでいます。

 

パターン認識的なモード

パターン認識的なモードは、何かを見たとき、自動的にパッと行動や結論が出るモードです。

 

同書で出された問題を引用します。

アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから一つ選びなさい。

 

セルロース は(    ) と 形 が 違う

① デンプン   ② アミラーゼ   ③ グルコース   ④ 酵素

 

新井 紀子. AI vs. 教科書が読めない子どもたち (Kindle の位置No.2544-2550). 東洋経済新報社. Kindle 版.

この問題を解く際には、「セルロース」に対応する何かを答えとして選ぶことになります。

このとき、問題をさっと読んで、ささっと答えを出そうとすると、「セルロース」に似た語感の選択肢である「グルコース」を選んでしまうことになります。(正解はデンプン)

 

 わたしは、この問題の解き方を、パターン認識的なモード、と呼んでいます。

 

たぶん、「〇ル〇ース」というパターンに無意識に当てはめて、対応するのはこれ!という結論を出しているものと思われます。

というか、わたしはそういう考えの経路で、間違えました(汗

 

これについては、森博嗣氏が非常に的確な表現をしていると思うので、引用します。

 

 普通の人が「考えた」と言っている行為のほとんどは、ただ世間の常識だとか、知識としてあったものに照らし合わせただけか、そんなものから選択しただけで、実は思考していない。

森博嗣 『集中力はいらない (SB新書)』より引用

バターン認識的なモードのときには、もともとその人が脳みそに蓄えている、常識やら知識というパターンに当てはめている、と言えるわけです。

 

ちゃんと考えるモード

これに対してちゃんと考えるモードは、言葉と言葉の関係をきちんと書いてある通りに対応させるモードです。

 

このモードだと、パパッと解くのでは無く、単語を1つ1つ読んで、言葉と言葉の関係をひとつひとつ読み解きます。

そうすると、セルロースと形が違うのは「デンプン」だと、正解にたどり着くことができます。

 

このように、単語の見た感じをパターンに当てはめるのではなく、「てにをは」をきちんと理解して考えるモードです。

 

パターン認識モードが、過去にあてはめて結論を出そうとするのにたいして、ちゃんと考えるモードでは、過去を踏まえて、未来をどうするか考える、という要素があるように思います。

 

ちゃんと考えるモードが使えるヒトが増えれば、人類は遠くへ行ける

ちゃんと考えるモードで考えるヒトは、常時、そのモードで考えるわけではないです。

パターン認識モードとちゃんと考えるモードを自分の意志で、行ったり来たりします。

 

この、行ったり来たりする、というのをできる人が増えれば、人類は、より遠くより深く、より未来のことを考えることができるようになるのだと思います。

 

AI vs. 教科書が読めない子どもたちでは、このことを、「AIに仕事を奪われない人材を育てる」ために、まず「教科書がきちんと読める」人間を育てる、という文脈で考えています。

 

AIに仕事を奪われて、多くの人が路頭に迷うようでは、人類は先へは進めないのです。

 

「教科書がきちんと読める」、「ちゃんと考えるモードで考えられる」、そんな人を育てる試みも、この本の中では、語られています。

 

その試みを進めるために、著者の新井氏により、「教育のための科学研究所 - 教育のための科学研究所」が設立されました。

 

この活動がうまくいき、人類の限界が、より遠くに行くと良いなぁ、なんて思います。

 

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

AI vs. 教科書が読めない子どもたち